「俺は…軽車両?」存在に揺らぐ馬
「馬は軽車両」という事実、
なんだかじわじわくる面白さあるよね。
乗り物であることには疑いないけど、車両…なのか…?
ってちょっともやっとするの、教習所あるあるではないだろうか?
でも実際、道路交通法ではちゃんとこう分類されてる:
軽車両とは、自転車・リヤカー・馬車など、人力または畜力によって運転される車両。
そして、馬(単独で歩く場合)も「軽車両」に該当する!!
そんな馬の心の声を想像してみた↓
馬「(飼主と一緒に歩道を散歩中の犬を見ながら)俺は歩道を歩いてはいけない、車道を走る、車。
そう、犬や猫よりも自転車と同じジャンルの、軽車両だ。
ん?車両…?
ぐるぐる回るタイヤとかないし、これは足なんだけど。
まあ、でも俺くらいのサイズだったら普通に考えたら歩道じゃなく車道にいた方が安全だよな。
人を乗せるわけだし。
うん、納得。
でも…ほんとに、車両?(ぐるぐる)」
その隣にゆっくり現れる、牛さん。
低音で響く、渋い一言↓
牛「よう、馬。
お前みたいに速く走れない俺だって軽車両だ。
軽くもないし車両でもない自覚あるが、軽車両だ。
笑えるだろ?
だから、まあ、そんなに考えすぎんな。
歩道より、車道のが歩きやすいだろ?」
馬「ウシ…
なんか今、お前の蹄の音が、やけに沁みたよ…
“自覚はないが、受け入れてる”って…かっこいいな」
シリーズ化して哲学系クラフトコーヒーCMとかに使いたい。
全員INFPだったらドッジボール成立しない説
別にドッジボールが悪いんじゃない。
でも、人にボールをぶつけて何が楽しいのか分からない。
そして、ぶつけられることよりも、ぶつける側としてのメンタルのほうが痛い。
そんな、もしクラス全員が、INFPだったら。。
- まず、試合前から不穏な空気になる
「え、これって…人にボール当てるゲーム…?」
「ちょっと相手がかわいそうじゃない…?」
「ていうか、当たった人から外に出されるのって…“排除”じゃん」
早々に倫理的ディスカッションが発生。
結果:「一旦、話し合おうか」
- そして話し合いの結果…
“「ぶつける」のはやめて、「当てに行くふりして優しく渡す」ルールに変えよう”
相手が受け取りやすいスピードで、少しバウンドさせて衝撃をやわらげる。
受け取って「ありがとう」って言う
→ もはや穏やかすぎて競技じゃない。
- そして誕生する、ドッジボール改
名称:「エンパシーボール」
ルール:
ボールを受け取った人は、今の気持ちを一言で表現する
例:「ちょっと疲れてるけど、まぁまぁ元気」
次に誰に渡すかを決めて、その理由を添えて投げる
例:「最近元気なさそうだから…笑顔になってくれたらと思って。○○くんに」
勝敗:“心が一番ほぐれた人”が勝ち
→ 全員が優勝でいいよね?って話になる
(むしろ勝敗決める意味ある?って空気に)
周囲から見たら、ただキャッチボールしながらおしゃべりしてるだけ
でも彼らの中では、深い感情の交換が行われている。
まさに、“心のドッジボール”